死は祝福という常識で生きたら・・・

生まれた時からずっと 

【死】

は 忌み嫌うもの

お終い  で 
暗闇  で 
触れてはいけないもの 
というような考えが主流な中で生きてきました。

逆に【死は祝福】という常識の中で生きてきたら
ずいぶん世の中は変わるだろう と思います。

あの世は 真っ暗闇じゃなくて 光に満ちている
と言うことは 臨死体験者がよく言うことです。

目の前から 大切な人がいなくなるのは 寂しいけれど
カラダを離れた意識は神様と一つになり
来たところに戻っていく。

死=愛(神)に還るということ。

そして それは喜び 祝福。

私はそう考えます。

あの世は光に満ちている。
そう考えていて 何か問題があるでしょうか?

あるとすれば 産まれてきた意味を放棄して
そちらに向かおうとすること=自死

でも それは この世での苦しみ以上に
誰よりも
光の中で自分を 苦しめることになり
やがて再び この世にやってきて
フリダシから始めることになる こと。

肉体が無い分
逃げるところがありません。
意識全てが苦しみだけになるのは
怖ろしすぎて 想像できません。

***

ずいぶん前になりますが
私の恋人が自死をしたあと
ミャンマー上座部仏教の大僧正に

「自殺した魂は
 肉体があった時以上に
 苦しみの中に居続けることになる」

と言われました。

彼の自死の直後だったということもあり
身体全体で そのことを理解した
経験があります。

意識だけになったら
逃れられない苦しみです。

***

最近観た映画

「かみさまとのやくそく」←超オススメ 特にママはみんな観ると良い♡

の中にも自死した魂の話が出てきます。

これまで 言われてきた地獄のようなところが
この映画の中では「反省部屋」と表現されてきました。
また、上記の
「肉体があった時以上に苦しみの中に居続けることになる」
というのも 同じようなことだと思います。

自死したあとに入る
この「反省部屋」のことを
胎内記憶を持つ子どもたちの会話では

ドロドロの苦しみではなく
普通の会話として出てきていました。

全く新しく軽い空気で
子どもたちは
反省部屋=地獄を表現していて
高い高い俯瞰した視点からは
この子どもたちの話す

軽快さでいいのかもしれない。。。

と 思いました。

かみさまのやくそく に出てきた子どもたちは
すでに 死後の世界が 神に還る喜びであることは
当然 と思っているように感じました。

美喜子

2015年3月5日

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死は祝福という常識で生きたら・・・” に対して1件のコメントがあります。

  1. 和也 より:

    自死はおそらく他の死とたいして変わりません。大事なのは、死ぬ時の心境です。
    場合によって、自死は天命でもあると思います。

    1. MiKO より:

      コメントありがとうございます。深く 生死について考えていらっしゃるのですね。

      たとえば即身仏さまも自死と言えば自死ですね。
      その場合の 意識状態と 日本で 約3万人と言われる方々の多くの自死の方が亡くなる時の意識状態では全く違います。
      いまの世では ほとんどの自死の方が 後者のような(簡単に言えば)ネガティブな意識状態ですので、どの次元での見解かにもよりますが、ほかの死とたいして変わらない とは言えません。
      喜び・光を選択し それを広げていきたい というのがこのサイトの目的です。一般の方々がご覧になって 勘違いするような内容は避けたいと思います。

      愛をこめて

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