●死は祝福という常識で生きたら・・・
わたしたちは
生まれた時からずっと
【死】
は 忌み嫌うもの
お終い で
暗闇 で
触れてはいけないもの
というような考えが主流な中で生きてきました。
でも
ほんとにそうなのでしょうか?
逆に【死は祝福】という常識の中で生きてきたら
ずいぶん世の中は変わるだろう と思います。
あの世は 真っ暗闇じゃなくて 光に満ちている
と言うことは 臨死体験者がよく言うことです。
目の前から 大切な人がいなくなるのは 寂しいけれど
カラダを離れた意識は神様(宇宙)と一つになり
来たところに戻っていく。
死=愛(神・宇宙)に還るということ。
そして それは喜び 祝福。
私はそう考えます。
あの世は光に満ちている。
そう考えていて 何か問題があるでしょうか?
あるとすれば 産まれてきた意味を放棄して
そちらに向かおうとすること=自死
でも それは この世での苦しみ以上に
誰よりも
光の中で自分を 苦しめることになり
やがて再び この世にやってきて
フリダシから始めることになる こと。
肉体が無い分
逃げるところがありません。
意識全てが苦しみだけになるのは
怖ろしすぎて 想像できません。
***
ずいぶん前になりますが
私の恋人が自死をしたあと
ミャンマー上座部仏教の大僧正に
「自殺した魂は
肉体があった時以上に
苦しみの中に居続けることになる」
と言われました。
彼の自死の直後だったということもあり
身体全体で そのことを理解した
経験があります。
意識だけになったら
逃れられない苦しみです。
***
最近観た映画
「かみさまとのやくそく」←超オススメ 特にママはみんな観ると良い♡
の中にも自死した魂の話が出てきます。
これまで 言われてきた地獄のようなところが
この映画の中では「反省部屋」と表現されてきました。
また、上記の
「肉体があった時以上に苦しみの中に居続けることになる」
というのも 同じようなことだと思います。
自死したあとに入る
この「反省部屋」のことを
胎内記憶を持つ子どもたちの会話では
ドロドロの苦しみではなく
普通の会話として出てきていました。
全く新しく軽い空気で
子どもたちは
反省部屋=地獄を表現していて
高い高い俯瞰した視点からは
この子どもたちの話す
軽快さでいいのかもしれない。。。
と 思いました。
かみさまのやくそく に出てきた子どもたちは
すでに 死後の世界が 神に還る喜びであることは
当然 と思っているように感じました。
美喜子
2015年3月5日