「わたし」は「わたし」を体験したかった。

魂は永遠

だと 思ってる。

きょうは まとまらない

頭の独り言も書いてみる

 

だとしたら

「死」があって 初めて 「生」があることになる。

その区切りがなければ

永遠のまま。

動かないまま。

もともとの永遠の魂=神?のまま。

生だけがあるって 有りえるんだろうか?

だとしたら 成長するとか

必要ないよね。。。

 

 

個があって 初めて 一つになる喜びもある。

個別の身体があるから 触れる喜びがある。

 

触れるということは

肉体のある今しかできない。

だからだろうと思うけれど

わたしは 人に触れることが

中学生ころから好き。

 

人に触れる正当な理由のために

アロマセラピストになった

とも思ってる 笑

 

だから ハグも好き。

だから 抱きしめて看取る という看取り士にも惹かれたのだ。

 

***

では なぜ 永遠の魂から個が生まれ 別々の肉体に生まれてくるのか。

たった1つの「わたし」は「わたし」を体験したかった。

私は そんなふうに思う。。。

 

昨日 お会いした方は

神さまが退屈だったから

その説が好き と言われていた。

そうとも 言うのかもしれない。

 

どちらにしても

そうすると 神さまにも

意図があることになるねぇ。。。

全て である存在の意図。。。。。

 

その「わたし」は神 とも 愛とも光とも宇宙のすべてとも言えるもの。

 

「わたし」は「わたし」を味わいたかった。
体験したかった。動きたかった。
というのが 今のわたしには 1番ぴったりくる。
なにかしらの衝動の爆発。
愛の爆発。
それがビッグバンだと思っている。

 

いずれ 私たちは 大きな「わたし」=「光」=「愛」に還る

そのことを知りつつ

俯瞰した視点を持ちつつ

個別の身体 意識 を楽しんでいよう。

***

 

肉体を持つ

ということは

 

光と闇を

行ったり来たりして

魂=「わたし」の輝きを増すことのできる

貴重な機会なんだと 思う。

 

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LOVEみ♡

 

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